月下の幻影


 静かに微笑む慎平を見た後、和成が再びうどんをすすり始めた時、静かな食堂に塔矢が怒鳴り込んできた。


「殿——っ!」


 塔矢の怒鳴り声で、和成を遠巻きにしていた人垣が真ん中から左右に分かれる。
 器と箸を持ったまま顔を上げた和成を目がけて塔矢が大股で歩み寄って来た。

 塔矢は笑顔で和成を見下ろすと静かに言う。
 しかし、目は笑っていない。


「食事もなさらず、どこをほっつき歩いているのかと思えば、このようなところで何をなさっておいでですか? 侍従長が捜しておりましたぞ」


 和成は苦笑を湛えて、上目遣いに塔矢を見上げた。


「久しぶりに食堂のうどんが食べたくなったので、私の食事はみんなで食べてくれるように書き置きは残してきたんですけど……」

「書き置きは拝見いたしました。ですが、突然おっしゃられても皆も困るんです。それに食堂にいらっしゃるとは一言も書いてありませんでした。今後は事前にお申し付け下さい。お部屋にご用意いたしますので」

「わかりました」

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