月下の幻影


 夜、和成は居室の庭の外れで月を見上げていた。

 紗也への想いに気付いた時、この場所で紗也と月を見上げた。
 あの時紗也のいた場所に、今は自分が立っている。

 あの時は想いが消えてなくなる事を願っていた。
 想いは消えるどころか日増しに膨らみ、今も自分の心を捕らえて離さない。

 紗也への想いを思い出にしてしまえたなら、自分も月海も幸せになれたのかもしれない。

 だが、和成は紗也への想いが消えない事を不幸だとは思った事がない。
 紗也への想いは、今でも心を暖め、幸せな気分にさせる。

 かつて自分が月に願ったのだ。
 この幸せな魔法が解けないようにと。

 紗也の存命中に贈る事のできなかった言葉。
 言葉が天に届くなら、毎日紗也に贈りたい。

 和成は月を見上げて微笑むと、天に向かって言葉を贈る。


「愛しています」


 今も、これからも、未来永劫——。




(完)


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