月下の幻影


 和成が項垂れると、塔矢はさらに言葉を続けた。


「それから、お引き合わせしたい者がおりますので、至急執務室へお戻り下さい」
「うどんを食べ終わってからでいいですか?」


 和成が箸を持ち上げて笑顔で尋ねると、塔矢は身を屈め和成を覗き込むようにしながら静かに問いかけた。


「”至急”の意味をご存じありませんか? 殿」


 塔矢に敬語で静かにすごまれると、普通に怒鳴られるよりも怖い。

 和成は観念すると、箸を置いて立ち上がった。


「……すぐ戻ります」


 食べかけのうどんを慎平にまかせて、和成は塔矢の後について食堂を出た。
 和成が食堂を立ち去ると、静まりかえっていた食堂は、普段の三倍の賑やかさを取り戻した。

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