中町大厦の頼佳さん
昇降機は当然停止しているので、私と頼佳さんは階段を只管降りている。そう言えばこの人は、私の部屋まで十階を階段で登ってきたようだ。やはり変わっている。
「階段登ったんですか、態々。」
え、と頼佳さんがこちらを向いた。本で読んだ旧時代の犬という原生物に似ている。興味があって以前映像も探したのだか、動いている姿もその生き物によく似ている。
くりっとした目で、上を見上げてくる様が特に。
「あ、はい。志野さん以外あの階には居ないから…」
「疲れたでしょう。」
「平気です!動くの好きなんで、よく散歩もします!」
「ああ、そうなんですか。」
それで会話が終わって暫く、階段を二階層降りてから、今度は頼佳さんが話し掛けて来た。
「志野さんは、普段なにしてるんですか?」
今度はこちらを伺うような目だった。これも例の生物によく似ている。丁度色もそっくりの真白な毛並みだったので余計に被る。
「私ですか。」
「ほ、本を読まれてるんですか?」
「ああ、まあそんな所です。」
確かに頼佳さんが言うとおり、本を読んでいるからそうだと答えた。
「あ、そ、そうですか。」
頼佳さんはまたごにょごにょとして、ちょっと俯いた。何だか芳しくない。今度はおどおどした感じで、表情が安定しないのが謎だ。また何故だか悪い気がする。やはり苦手だ。
階段から出た頼佳さんに続くと、一階の管理室に着いた。と同時に、ランプの火がちらちらと揺らぐ。油がきれてしまったようだ。
だが不思議と暗くないのは、真っ暗闇の中、管理室のドアから明かりが漏れているからだった。流石に管理室には予備電源設備を置いているのだろうか、とも思ったが、灯りは珍しい暖色系で、それが彼女のランプと同じ種類のように思えた。
頼佳さんは首から下げていた真鍮色の細い飾りを、ドアの金属部の穴に差し込んだ。その様子を眺めて、これが所謂旧時代の鍵だと気付く。
「随分古いセキュリティの設備を使ってるんですね。」
「え、はい。あ、親の代から使ってるんです。」
「…あー、第一世代なんだ、やっぱり。」
ドアを開けながら頷いた頼佳さんはまた最初の笑顔に戻った。今のは彼女にとって好ましい会話だったようだが、何処がそうなのかいまいちよくわからなかった。
何なのだろうか。階段で話していた時と内容は対して代わり映えしないように思えたが、とりあえず彼女に続いた。
室内はえらくごちゃごちゃとしていた。大体が旧時代の設備で、机や椅子が木製なのは少し惹かれるものがあった。天井から金属の棒でさっきのものと同型のランプが吊り下げられている。
見れば見るほど旧時代に溢れた部屋で、よく調べれば博物館等級の物ばかりに思えた。呆気に取らせる。
「あの、今ランプに油を足して来るんで、少し待っていてください。」
頼佳さんは私にそういうと、落ち着かない様子で奥の一室へ行ってしまった。言われたとおりに待っていると、暫くして彼女が戻ってきた。ふわふわした髪の白さが明るい部屋では少し眩しい。その下の顔は申し訳なさそうにゆがんでいる。またころころとよくこんなに表情が変わるものだなぁ、と別の感心を寄せていると、彼女がもごもごと言いにくそうに告げた。
「あの、すみません、油を切らしてしまって…その、この部屋のランプの油ならあるんですが…。」
また泣きそうな顔をしている頼佳さんが、私にはよくわからない。ただなんとなく飼主に叱られた犬という生物にやっぱりに似ていた。
「階段登ったんですか、態々。」
え、と頼佳さんがこちらを向いた。本で読んだ旧時代の犬という原生物に似ている。興味があって以前映像も探したのだか、動いている姿もその生き物によく似ている。
くりっとした目で、上を見上げてくる様が特に。
「あ、はい。志野さん以外あの階には居ないから…」
「疲れたでしょう。」
「平気です!動くの好きなんで、よく散歩もします!」
「ああ、そうなんですか。」
それで会話が終わって暫く、階段を二階層降りてから、今度は頼佳さんが話し掛けて来た。
「志野さんは、普段なにしてるんですか?」
今度はこちらを伺うような目だった。これも例の生物によく似ている。丁度色もそっくりの真白な毛並みだったので余計に被る。
「私ですか。」
「ほ、本を読まれてるんですか?」
「ああ、まあそんな所です。」
確かに頼佳さんが言うとおり、本を読んでいるからそうだと答えた。
「あ、そ、そうですか。」
頼佳さんはまたごにょごにょとして、ちょっと俯いた。何だか芳しくない。今度はおどおどした感じで、表情が安定しないのが謎だ。また何故だか悪い気がする。やはり苦手だ。
階段から出た頼佳さんに続くと、一階の管理室に着いた。と同時に、ランプの火がちらちらと揺らぐ。油がきれてしまったようだ。
だが不思議と暗くないのは、真っ暗闇の中、管理室のドアから明かりが漏れているからだった。流石に管理室には予備電源設備を置いているのだろうか、とも思ったが、灯りは珍しい暖色系で、それが彼女のランプと同じ種類のように思えた。
頼佳さんは首から下げていた真鍮色の細い飾りを、ドアの金属部の穴に差し込んだ。その様子を眺めて、これが所謂旧時代の鍵だと気付く。
「随分古いセキュリティの設備を使ってるんですね。」
「え、はい。あ、親の代から使ってるんです。」
「…あー、第一世代なんだ、やっぱり。」
ドアを開けながら頷いた頼佳さんはまた最初の笑顔に戻った。今のは彼女にとって好ましい会話だったようだが、何処がそうなのかいまいちよくわからなかった。
何なのだろうか。階段で話していた時と内容は対して代わり映えしないように思えたが、とりあえず彼女に続いた。
室内はえらくごちゃごちゃとしていた。大体が旧時代の設備で、机や椅子が木製なのは少し惹かれるものがあった。天井から金属の棒でさっきのものと同型のランプが吊り下げられている。
見れば見るほど旧時代に溢れた部屋で、よく調べれば博物館等級の物ばかりに思えた。呆気に取らせる。
「あの、今ランプに油を足して来るんで、少し待っていてください。」
頼佳さんは私にそういうと、落ち着かない様子で奥の一室へ行ってしまった。言われたとおりに待っていると、暫くして彼女が戻ってきた。ふわふわした髪の白さが明るい部屋では少し眩しい。その下の顔は申し訳なさそうにゆがんでいる。またころころとよくこんなに表情が変わるものだなぁ、と別の感心を寄せていると、彼女がもごもごと言いにくそうに告げた。
「あの、すみません、油を切らしてしまって…その、この部屋のランプの油ならあるんですが…。」
また泣きそうな顔をしている頼佳さんが、私にはよくわからない。ただなんとなく飼主に叱られた犬という生物にやっぱりに似ていた。