あふれるほどの愛を君に

「用があってさ、サトシのとこで少し飲んできたんだ」


なんとなく言い訳がましいって自分でも思った。

こんなに自覚してるんだから、サクラさんはどんなふうに聞こえたかなんて想像したくない。どんな顔してるのかだって直視できない。

でも星野は気づいてないだろう。

一見平静を装ってるようで、まったくそんなことはないってこと。いつものサクラさんじゃない。


「お名前、教えてください」


僕ではなく、真っ直ぐサクラさんを見て言った星野。


「だって、“彼女さん”じゃ言いずらいもん」


今度は僕を見上げて微笑む。

さっきまでとは違う顔。
切なく顔を歪め、感情をぶつけてきた表情とは全然違う。

でもそんな顔を向けられたって、どんな顔をしたらいいんだろう。

笑い返すなんてできない、ただ戸惑い見返すだけ……。


その時、ずっと無口だったサクラさんが口を開いた。


「花井桜といいます。せっかくなんですが、私はここで失礼させてください……あの、ごめんなさい、明日早いので」


言い終わるのと同時に背中を向けたサクラさん。すぐにこの場から離れたい――そんな感じだった。

一瞬見えた横顔に、ギュっと心臓が握り潰されるような、そんな痛みを覚えた。

< 139 / 156 >

この作品をシェア

pagetop