桜の樹の下【短編】
桜の樹の下
夜だった。
満開の桜の樹々。
薄明かりの下にひときわ大きな桜の樹がひとつ。
樹の下には、黒い服の男がひとり、人待ち顔で佇んでいる。
そこへ白い服の女がひとり、やってくる。
女は何度かためらうように視線を彷徨わせ、意を決したように声を出した。
「あの、」
男は返事をしない 。
女は遠慮がちに重ねる。
「………あの。」
男はようやく自分が声をかけられている主だと気付く。
「え、俺?」
色白の綺麗な女性だ。
伏せた瞳に、長いまつげが影を落としていた。
女は男の問いにおずおずと頷き、続けた。
「……覚えてますか?」
「は?」
「すみません覚えていないならいいんです。」
突然の思いがけない問いかけに、男は間抜けな声をあげてしまった。
女は逃げるように顔を伏せる。
「いや、あの、何をですか?」
「いいです、すみません。」
「…はぁ…。」
男が聞き直しても、女は顔を伏せ、首を振るばかりだ。
…覚えている?…何を?
この女性と、かつて会ったことがあるのだろうか?
男は頭の中で朧げな記憶をまさぐる。
その中に女性の面影を探してみる。
気まずい沈黙が、しばしその場を包んだ。
満開の桜の樹々。
薄明かりの下にひときわ大きな桜の樹がひとつ。
樹の下には、黒い服の男がひとり、人待ち顔で佇んでいる。
そこへ白い服の女がひとり、やってくる。
女は何度かためらうように視線を彷徨わせ、意を決したように声を出した。
「あの、」
男は返事をしない 。
女は遠慮がちに重ねる。
「………あの。」
男はようやく自分が声をかけられている主だと気付く。
「え、俺?」
色白の綺麗な女性だ。
伏せた瞳に、長いまつげが影を落としていた。
女は男の問いにおずおずと頷き、続けた。
「……覚えてますか?」
「は?」
「すみません覚えていないならいいんです。」
突然の思いがけない問いかけに、男は間抜けな声をあげてしまった。
女は逃げるように顔を伏せる。
「いや、あの、何をですか?」
「いいです、すみません。」
「…はぁ…。」
男が聞き直しても、女は顔を伏せ、首を振るばかりだ。
…覚えている?…何を?
この女性と、かつて会ったことがあるのだろうか?
男は頭の中で朧げな記憶をまさぐる。
その中に女性の面影を探してみる。
気まずい沈黙が、しばしその場を包んだ。
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