桜の樹の下【短編】
「あの日?」

「私と貴方が最後に桜を一緒に見た夜のことです。夜空に桜が青白く浮かんでたんです。」

「俺はあんたと一緒に桜を見た覚えはない!」

「その夜、この桜の樹の下で、私は貴方に別れを告げられました。」

「…え?」

「貴方は結婚するって言いました。他の女と、ずっと付き合ってきたっていう他の女と。貴方には恋人が2人いたんです。私は何年間も貴方に騙されてたんです、気付かなかったんです。貴方はいつもみたいに心無く謝りました。私が貴方に裏切られたことでどんなに傷付いたか、どんなに哀しかったか、そんなことに気付きもせずに、貴方はただひとこと謝りました。」


男は何も言えず、視線を彷徨わせていた。
女は淡々と言葉を続ける。


「泣き出す私に背を向けて、貴方が歩き出したその瞬間に風が桜の樹を揺らしました。貴方の背中が舞い落ちる花びらに紛れて消えてゆきそうになるのを見て、私はただただ哀しく愛おしくなって…。」


「…何を…何をした…?」

「石を拾って貴方の頭に降り下ろしました。」


男は後ずさりをする。
顔は蒼白だった。
汗が止まらない。
桜の記憶。
この桜が特別な理由。
それはここに想い出が埋まっているから…
大事な…想い出が…罪が…それから…

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