桜の樹の下【短編】
「私、怒ってるんですよ、わかりますか。」
「わかります、すみません。」
「理由も解らないのに謝らないで下さい。よけい気に障ります。」
「えっと、じゃあ、理由を教えて下さい。」
「貴方が忘れているからです。『何かあったんですか』なんて聞くからです。」
「やっぱり、何かあったんですね。」
「ほら、またそうやって聞く。思い出せないなんて、本当に失礼なことですよ。」
「ごめんなさい。」
「私は貴方のことを忘れたことはなかったのに、ずっとずっと覚えていたのに、忘れられなかったのに、貴方は私のことをすっかり忘れてしまっているなんて。私がどんなに哀しかったか解りますか?」
「ほんとうに、ごめんなさい。」
「そんなに謝らないで下さい。だから嫌なんです、私が悪いみたいな気になるじゃないですか。」
「ごめんなさい。」
「だから…もう謝らないで下さい。」
「はい。」
意気消沈する男を見て、女はため息をひとつついた。
「…相変わらずですね。」
相変わらず、謝ってばかりいる。
確かに記憶の奥の方にぼんやりと見える。
大事な存在だった。
だが、鍵がかかっているかのように、はっきりとそれを取り出して確かめることができない。
鍵は、この女にもらうしかないのだ。
男は意を決して、再び問う。
「それで、本当に申し訳ないんですけど、俺達何だったんですか?」
女は男をしばらく見つめ、ふいに地面を指差した。
「寝てみてくれますか。」
「え?」
「思い出させてあげます、寝てみて下さい。」
「いや、ここに?」
「じゃあ寝なくてもいいです、ここに来て上を見上げて下さい。」
突拍子もない提案に戸惑いつつも、男はしぶしぶと従う。
女も隣に立ち、上を見上げた。
真っ黒な夜の闇を背景に、桜が一面に浮かんでいた。
「わかります、すみません。」
「理由も解らないのに謝らないで下さい。よけい気に障ります。」
「えっと、じゃあ、理由を教えて下さい。」
「貴方が忘れているからです。『何かあったんですか』なんて聞くからです。」
「やっぱり、何かあったんですね。」
「ほら、またそうやって聞く。思い出せないなんて、本当に失礼なことですよ。」
「ごめんなさい。」
「私は貴方のことを忘れたことはなかったのに、ずっとずっと覚えていたのに、忘れられなかったのに、貴方は私のことをすっかり忘れてしまっているなんて。私がどんなに哀しかったか解りますか?」
「ほんとうに、ごめんなさい。」
「そんなに謝らないで下さい。だから嫌なんです、私が悪いみたいな気になるじゃないですか。」
「ごめんなさい。」
「だから…もう謝らないで下さい。」
「はい。」
意気消沈する男を見て、女はため息をひとつついた。
「…相変わらずですね。」
相変わらず、謝ってばかりいる。
確かに記憶の奥の方にぼんやりと見える。
大事な存在だった。
だが、鍵がかかっているかのように、はっきりとそれを取り出して確かめることができない。
鍵は、この女にもらうしかないのだ。
男は意を決して、再び問う。
「それで、本当に申し訳ないんですけど、俺達何だったんですか?」
女は男をしばらく見つめ、ふいに地面を指差した。
「寝てみてくれますか。」
「え?」
「思い出させてあげます、寝てみて下さい。」
「いや、ここに?」
「じゃあ寝なくてもいいです、ここに来て上を見上げて下さい。」
突拍子もない提案に戸惑いつつも、男はしぶしぶと従う。
女も隣に立ち、上を見上げた。
真っ黒な夜の闇を背景に、桜が一面に浮かんでいた。