星空の下で
『雄輔!晩飯までには帰ってくるからな。これはおやつ代だ。100円で買えるものを買うんだぞ』

『うん!わかった!兄ちゃん!俺今日の晩飯ハンバーグ食いたいよー!』

『ハンバーグか。わかった。買って帰ってくるよ!』

ハンバーグかよ。キツイな。惣菜コーナーにあるとことないとこがあるんだよ。大きいスーパー行かないとねーぞ。

『おう!おっさん!来ねーかと思ったじゃん』

『ごめんね。ちょっと急患があったから当直だけに落ち着くまで心配だったからね。今日は君の行きたい所に行こう。どこに行きたい?』

『はあ?おっさん!あんたが気になる子を見に行く為に俺は時間を作ったんだぞ!たかがちょっと遠くから見るだけだろ。何ビビってんだよ!』

『いやそうなんだけど彼はきっと塾に行かされているよ。朝早くから夜遅くまで勉強させられていると思う。そういう家なんだ。だから家の近くに行ったところで彼の姿を見る事すらおそらくない。どこの塾へ通っているかもわからないし22時を過ぎるんじゃないかな。彼の帰りを待っていたら。君は弟くんにご飯を食べさせなきゃいけないんだしそんなに遅くに出歩くもんじゃないから君の行きたいところへ行こうよ。君の気持ちに対しての御礼だよ。同情ではないからね』

『塾?ボンボンかよ。じゃあ心配なんかいらねーじゃねーかよ。食う事にも何も困る事はないだろ!』

『そうだね。君みたいに食事の心配なんかはあいつにはありえないね。家政婦が準備してくれてるだろうから。ただ親の愛情を貰えていない。君から言わせれば愛情で腹は満たされないって単なる甘えになるんだろうけどあいつなりに辛い思いはしてるんだ』

『食う心配しなくていいなら親の愛情なんてどうでもいいだろ!これだからお坊っちゃんは甘えてんだよ。人生は生きるか死ぬかだ』

『うん。そうだね。人間は生まれた瞬間から死へのカウントダウンがみんな平等に始まるからね。カウントダウンが始まらない人は誰もいない。命の長い短いの差はそれぞれ違ってくるけどね。誰もが生まれて死に向っていくのは同じでこれだけは平等だよ。生まれた瞬間から死へ向かっていくのは誰もが平等でカウントダウンが始まっているんだからその間にどう生きるか?どう生きたか?が大切なのであって人生はみんな楽な事ばっかりじゃないと思うよ。山あり谷ありだからね。君から見ればボンボンは楽して甘えているって言うふうに見えるんだろうけど他人から見えるのとは違う場合がほとんどだよ。見え方によるんだけど隣りの芝生は青く見えるって感じでお坊っちゃんだから幸せとは限らないんだよね。まだ難しいかな?大輔くん!どこへ行きたい?』

『だから悩む暇があるだけ幸せだろ!あまったれてるだけだ!悩む暇がある事がすでに余裕があるって証拠じゃねーか』

『そうだね。君が言っている事は間違ってはいない。でも本人にしてみたら辛いんだよ。人間は君みたいにみんながみんな強いわけじゃないんだ。それを君はいつかわかってあげられる大人になるんじゃないかなって思うよ。だからって不幸の数を数えて生きていくのもどうかと思うけどね。大輔くんは水族館は好き?行った事はある?』

『ねーよ。そんなガキが行くとこ行ってどうすんだよ!』

『君もまだまだ充分子供なんだけどね。俺は水族館が好きなんだ。付き合ってくれると嬉しいんだけど』

『あーいいよ。前金だぞ!』

『はいはい。じゃあ行こう!』

『あっ!なんかカード落ちてるぞ。これなんだ?金になんのか?』

『定期だね。電車の通学定期だよ。誰か落としちゃったんだね。駅員さんに渡しておこう。落とした人が気づいたら取りに来るよ』

『ふーん。金にはならねーのか。わざわざ届けなくても落とした奴が悪いんだから捨てときゃいいじゃん』

『ダメだよ。定期だって高いんだよ。一年分も買ってる定期だ。あっ。慶太郎』

『え?なんだよ?知ってる奴?なんて名前が書いてあるんだ?』

『いや。知らないよ。駅員さんに渡しておこう』

慶太郎!元気でやっていますか?お前は相変わらず物の管理が上手に出来ないのか?俺がいたらお仕置きしているだろうね。ここらへんの塾に君は通っているの?定期を落としていても君は困る事はないんだろうけど生きているんだね。大きくなっているんだろうな。大輔くんぐらいに背も伸びているのかな。慶太郎!次は中学受験なんだろう?お前なら今度は合格するだろうね。頑張っているんだろ?慶太郎!いつかお前に伝えたいことがある。俺はお前を愛してるよ慶太郎。俺の気持ちが届く事はないだろうけどな。

『おっさん!おっさんって!電車来るけど次のに乗るのかよ?』

『あーごめん。うん!乗ろう』

このおっさんは哀しそうだな。医者であり金にも困ってなさそうなのに幸せではねーのか。俺は金がある奴は幸せなんだろうと思っていたけどな。そうではないんだな。幸せっていったいなんなんだ?あーそんなことより俺は今日ハンバーグを仕入れなきゃいけねーんだ。くだらねー事を考えてる暇はねー。

『大輔くん!イルカショーを見ようか。それまでちょっと時間があるから他を回ってみよう?大輔くん?』

『これなに?』

『それはクラゲ。漢字では海の月って書いて海月。人間にとっては邪魔もの扱いされるんだけど綺麗だろ?』

『うん。綺麗だ。光ってる』

やっぱり所詮11歳の子供だよ君は。初めて見るものに夢中じゃないか。君もよく頑張ってきたね。大輔くん!君もこれからもずっと強く生きるんだよ。俺は来年にはまた移動があって転勤なんだ。君と会えるのは来年の3月までだね。君は6年生になるか。頑張って強く生きてくれよ。

『今日の夕食は決まっているの?俺も買って帰るから一緒に買ってくれない?今日ぐらい君の仕事ってやつをお休みしてもいいんじゃないの?今からだともし食事にありつけない場合があれば弟がお腹をすかしているんでしょ?かわいそうじゃないか。ほら!そこのスーパーは大きいから惣菜コーナーも充実しているよ。君も一緒に付き合ってくれない?最後まで俺に付き合ってよ』

『しょうがねーな!付き合ってやるよ!俺達はハンバーグの予定なんだ。ハンバーグじゃなきゃ困る!』

『わかった。じゃあ探そう。サラダとか野菜もたまには食べなきゃいけないよ。君は好き嫌いはあるの?』

『そんなもん別にねーよ。食えたらなんでもいいんだよ!』

『そう。偉いね。そこはあいつにも君に学んでほしいな。じゃあ気をつけて帰りなさい。また偶然という必然の時に会おう。またね!』

『おう!じゃあな!あっ!おっさん!ありがとう!』

『いえいえ。俺の方こそ付き合ってもらってありがとう!弟が待ってるんだろ?早く帰りなさい!』

『うん!じゃあな!』

雄輔!大人なんて誰も信じるなって俺は教えたけど間違っていたかも知れない。ごく稀にまともな大人がいるのかも知れないぞ。
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