ひとつ、屋根の下で
「……何」
私の呟きが耳に届いたものの言葉までは聞き取れなかったのか、私の手を引きながら少し前を歩く凌が、ちょっとだけ振り返ってくる。
私は、ぶん、とかぶりを振った。
「なんでもない……」
そう返すと、すぐに凌は視線を前に戻す。
何度も触れたことがあるはずなのに。
どうして今日は、繋がれた手にこんなに緊張してるんだろう。
いつもの凌は、今よりずっと近い距離で触れてくるけど。
……こんな雰囲気になったこと、なかった。
どこかふざけて私のことからかってるんだなっていう軽いノリか、もしくは、漫画のためってわかる、「恋」を必死に掴もうとしてる、漫画家の顔。
その、どちらかだったのに。
だからこそ、ハグされるのも、触れられるのも、恋人同士のそれというより、仲のいい男友達とのじゃれあいだったんだって、今、気付いた。