ひとつ、屋根の下で
「ただいまー」
家に帰ると、凌は自分の部屋にいるようで、顔を出したリビングには誰もいなかった。
2階に上がり、自分の部屋に入る前に、つい向かいの凌の部屋を見てしまう。
凌の漫画の手伝いをしなくなってから、私たちは一度も触れていなかった。
ふとした瞬間に手がぶつかるとか、友達同士のように頭をくしゃってされるとか。
そういうのは抜きにして、前まで当たり前にあった、お互いの温もりを身体の芯から感じるような、胸が苦しくなるくらいのハグは、一度もなかった。
はじめのうちは寂しくて仕方なかったけれど、その寂しさを埋めるように、仕事に打ち込んだ。
今まで、女優になるためのきっかけになればいいと思ってやっていたモデルのお仕事。
……だけど、どうすれば着る服の良さが読者に伝わるのか。
どういう表情で。
どんな仕草で。
どんなポーズで。
どんな、気持ちで。
カメラの前に立つことまでに、こんなに思考を巡らせたこと、今までなかった。
私にとっては本当にやりたいこととは違うお仕事だけど、あまりにも今まで無知で努力不足だったと、痛感した。