鬼と天使と少年と、



「おやおや…、あちらさんはもう喧嘩をおっ始(ぱじ)めているようですねえ」


卑劣に口角を上げる青年、【白夜】(びゃくや)は壁によりかかってふと呟いた。

その瞳は閉じられている。

暗がりの教室では、白夜と、そして【炎葉】(えんよう)が対峙していた。


「なーにを白々しく言うとるんだぇ。今回の件…、仕組んだのはお前じゃろ?」

「はて、なんのことでしょう」

「っはん、お得意の誤魔化しはわしには効かんわぃ」

「それは困りましたねえ」

「……。」


目を瞑ったまま腕を組み、耳をすますかのように呼吸を整える白夜。

その、見た目こそ人の『それ』と変わらない奇異なる耳は、あらゆる情報をも手玉にとる。

この旧校舎内のどこかで起こっている喧嘩も、暴走も、そして例の天使のか細い息遣いまで。
すべて溢すことなく白夜の耳に吸収されるのだ。

今もそう、情報集めに集中するように瞳は閉じられ、微塵も動かない白夜はまるで美しい彫刻のようだ。


まるで炎葉を相手にしない白夜に、炎葉は片眉を上げる。


「なーんじゃ、自分から呼んでおいて。わしのような老いぼれの相手は嫌いかぇ?」

「まさか」


やっと肩をすくめるという人間らしい動きをした白夜。

しかし相変わらずも瞳は閉じられたままである。


「あなたは魅力的な人材だ。確かに、僕らと同じカテゴリーに入る『彼ら』はあなたを良く思ってないでしょうねえ。
【強欲】とまであなたを呼ぶのですから。そりゃあ、あなたはそうかもしれない。けど…」


「わしが【強欲】?ほざけ。言うだけ言っておれぃ。…ま、わしもそれを否定する気にはなれんがの。今のところは、じゃが」

「ふふっ、そこがまたあなたの魅力なんですよ。僕はそんなあなたが、たまらなく愛おしい」

「ッツ!さっぶ!見ろ!鳥肌がたったじゃろうがッ、この老いぼれに気色の悪い冗談なんか言うもんじゃないぞぇっ!」


ぶるり

身を震わせて青白い顔で白夜を睨む炎葉。その表情にさえも、白夜はうっとりと(いつの間にか目を開いて)見つめていたのだった。


炎葉と白夜。
この二人の関係も、またよくわからない。
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