鬼と天使と少年と、



「…あじゃぱー、寝ちゃってたわ」


あれから泣きじゃくって泣き疲れて、とうとう俺の体も限界を超えたらしく、ちびっこ雨乱を抱きしめたまま眠ってしまっていた。

俺の腕の中でモゾリと身じろく雨乱の頭を撫でながら、これからどうしようかと思案する。


とはいっても、あの銀髪イミフ男の空間移動能力に敵うような魔法を、俺は知らない。

…いや、知ってるっちゃ知ってんだけど。ていうか、黒魔術で一回やっちゃってるんだけど。旧校舎の謎空間から脱出するときにフルに使っちゃってるわけで。

でも今は、使う体力もない。
気力すらもない。

だって、あの空間破りの黒魔術、すっげえ破壊力だったじゃん?


…このちびっこ雨乱を傷つける真似は、したくないんだ。

確かにこの子は俺の探してる雨乱じゃない。

だからといって、偽者というわけでもない。

ちびっこ雨乱の背中を撫でながら、そっと耳を澄ますと、トクン、トクンと心音が聞こえてくる。


この子だって生きてるんだ。

だからこそ巻き込みたくないし、あの黒魔術を使うつもりもない。

そういうわけで、俺はこの空間から脱出する方法を知らない。


…なーんて、カッコつけてみるものの。寝起きでダルさMAXだから使いたくないだけってのが本音なんだけどね。てへ。


「…でもやっぱ、いつまでもこのまんまってのは駄目だよねえ」


俺がこの空間にとどまっている間も、当然あちらの空間では時間が進んでいるわけだし。

浦島太郎にはなりたくねえぞこんちくしょーい。

それに、あの銀髪イミフ男が言ってたことも気になる。

天使の命と俺の命が懸かってる、って。それってつまり、どゆこと?


むむむ、わかんないことだらけだ。
ただでさえ爺ちゃんや十六夜さんたちのことも分かんないっていうのに。

あ、そういや姫サマや茄希(なき)先輩たちも雨乱を探してくれてるんだった。

じゃあ、俺がここにいる間にも雨乱が見つかってるかもだよね。


それじゃあ俺は、


「俺なりのマイペースでここから出るといたしますか」


仲間を信じることも大切でしょうに。
ね、爺ちゃん。


「っうし。そうと決まれば、まずはこのちびっこ雨乱をどうにかして……」

「んう…」


ナイスタイミング。

どうやらちびっこ雨乱がお目覚めのようだ。


「あ、にいちゃ…。おはよう」

「おはよう。ね、いきなりで悪いんだけどさ、この部屋の出口知らない?」

「ふぇ…、なんでえ?」

「んー、そろそろにいちゃんもバイバイしなくちゃなんだよねえ。だから出口…」



「っ嫌だッ!!」

「?!」



いきなり出た拒絶の大声。
思わずビビっちゃったけど、それでも俺はここから出なきゃいけない。

きっとまだ遊び足りないんだろうと思い込み、それでもなんとか説得するため口を開いた。が、


「なあ、雨ら…」

「嫌だ!嫌だッ!にいちゃはじゅっとここにいりゅの!おれと一緒にいりゅの!」

「いやでも…」

「っ、おれを独りにしないでっ!」


雨乱が、何かに、怯えている…?

涙目涙声で必死に俺を逃がさまいとキツく抱きしめてくるちびっこ雨乱に、少なからず動揺した。

なんで…。
なんでこの子はこんなに怯えているの?

一体何に…?
< 211 / 220 >

この作品をシェア

pagetop