鬼と天使と少年と、
されるがままの俺を楽しそうに見下ろす変態男。腕は離しちゃくれないのか、握り潰す勢いで俺の両腕を固定している。
回避不可なこの状態。
ただでさえ疲労困憊・意識低下の俺のこの仕打ち。このひと本物の鬼畜だよー!
「ふむ。しかし貴様、なかなかタフだの。意識を手放してもおかしくないというに」
「そ、りゃっ…、俺はッ」
まだやらなきゃいけないことがあるから。
再びぼやけてきた視界で拘束されている雨乱を見上げる。
椅子に座らされて体中を鎖で固定されている雨乱の表情は、なんとも悔しそうに唇を噛んでいた。
ダメだよ、雨乱。そんなに噛んだら血が出ちゃうじゃないか。
自分を傷つけるのは、もう、やめてくれ。
思い出すのは、空間移動した先のちびっこ雨乱たち。
おかしいと思った。
10歳を超えているのにまだ未熟な体。
反抗的な態度。
一人称が違い、今の雨乱とは異なる落ち着きのない様。
今気づいた。
俺が出会ったちびっこ雨乱は、段々と年齢が低くなっていたことに。
つまり俺は、雨乱の過去を遡っていたんだ。
それが本当かどうか保証はないけれど、きっとあれは、本当。
どの雨乱も皆、苦しんでいた。
『私のような “どうでもいい存在” を…』
『おれを独りにしないでっ!』
『わ、わたしっ、このヘンタイさんにっ、お、おかされちゃうんですかっ…?!』
うん最後のは聞かなかったことにしよう。覚えてない、何も覚えてないよー。
とにかく、雨乱はいつだって苦しんでたんだ。…特に、初等部のとき。あれほど冷たい時期が、雨乱にはあったんだ。
一体何があってああなったのか。
それがいっちゃん気になるけど、今は、そういう場合じゃないよね。
「俺はここでっ、意識を手放すわけにゃあいかないんでッ…! 雨乱と一緒に、帰るまでっ、俺はっ」
「実に美しい」
遮るように発せられたその一言。
俺に馬乗りになった状態で、変態男はパチパチと手を叩く。
「その友愛、実に美しいのう。嗚呼ほんとに…、ヘドが出るほど。
我には耐えれぬ。我はの、貴様の闇が喰いたいのだ。だから、そうだの。
その美すらも、壊してしまいたく思うほどに」
ご き ん っ
腕が、とうとう、壊れた。
「あ、あっ、あああっ…、ああああぁああぁぁあああああッッ!!」
「佐雄っ、佐雄ッ!」
「くっくっく、ほうれ、もっとその顔を見せておくれ。そら、もっと近くで…」
頬に手を這わせる変態男。それに不快を感じる暇がないほど、今はもう、苦しくて。
もう、死んだほうが楽なくらい。