アンバートリップ
小さな窓から見える小指の爪ほどの海。
カーテンが引かれたベッド。
壁に小さく付いている油性マジックの染みは、私が誤って付けたものだ。
間違いなく802号室。珀のいた病室だ。
「ベッドに、誰か眠っているわ」
その側で、円椅子に座る人影もあった。
人影は、ベッドに横たわる誰かの頭を優しく撫でながら、熱心に何事か喋りかけている。
固まった私の背中を、ふいに誰かがポンと押す。
振り返ると、やまがみさんが微笑んでいた。
「結奈様。ご自分の目で確かめるのです。あなたには、その勇気があるはずですよ」
金色の瞳に見つめられ、駄菓子屋のふくふくしたおばさんが浮かんだ。
あのおばさんと、この山の入り口で出会った、土産屋のおばさんは、同一人物だった。
そう思った途端、私の足は、ベッドに向かってゆっくりと歩き出していた。
そっと、ゆっくりと。