あの日、あの夜、プールサイドで


病院で寧々を看取る間中

愛児園に戻り葬儀の準備をしている間中

母親は『寧々』と名前を呼びながら半狂乱で泣いていた。


――ふざけんな!!


今泣くくらいなら

後悔するくらいなら

ちゃんと寧々を守ってやれよ!!



寧々を殺したのはアンタの弱さだ。

信じない!!

俺はこの涙も“愛してる”と言うアンタの言葉も信じられない。



目の前にいる、コイツが憎い。

俺の手から寧々を奪った、この人の心の弱さと都合の良さが許せない。



寧々の母親を見ながら、手に爪が食い込むんじゃないかと思うくらいに、手のひらを握りしめていると



「光太郎。罪を憎んで人を憎まず、ですよ。苦しいけれど許してあげなさい。」


「…え…??」


「お母さまはお母さまなりに寧々ちゃんのコトを愛していたんでしょう。そのやり方は間違っていた、と言わざるを得ませんが……寧々ちゃんのコトを大切に想っていたのは真実なのでしょう。」



愛という言葉に不信感を抱き始めた俺に気づいたのか、静枝さんは俺の肩に手を置きながら涙ながらにこんな言葉を口にする。



「ここで憎めばあなたの心までもが蝕まれます。憎しみからは苦しみしか生まれません。光太郎…そんな重荷をあなたがこの先、背負う意味はないんです。」


「静枝さん…??」


「お母さまを許してあげなさい、光太郎。そして自分を許してあげなさい。許すことで救われます。
あなたがこの先、憎しみと苦しみの重荷を背負いながら生きていくことなんて……あの優しい寧々ちゃんは何一つ望んでいませんよ。」



寧々のカラダが煙になって
天に上り、本当の天使に変わっていく。


その切ない煙を見ながら俺は思った。



“この世に神様なんていやしない”






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