あの日、あの夜、プールサイドで


いつになく怖い顔をして近寄って。俺の拳にそっと手を当てると


「いけません、光太郎。
何があっても理不尽に人を傷つけてはいけません。」


静枝さんは諭すように俺に話しかける。




いつもの俺なら。
いつもの俺なら彼女のその静かな形相に驚いて、振り上げた拳をゆっくりと降ろしたと思う。


だけど……この日ばかりはそうはいかない。


優しかったコウ兄ちゃんは粉々に崩れ去り、醜い悪魔に成り下がった俺には……静枝さんの言葉すら、もう耳には入らない。



「離して、静枝さん。
コイツは一発殴らないと気が済まないんだよ。」


月原を睨みつけながら、ゆっくりと静枝さんの手を離すと


「気が合うな、キラ。」

「…??」

「俺もオマエに殴られないと気が済まないんだよ。」


そう言って月原は自分の右頬を差し出しながらニヤリとほほ笑む。



「殴りたいなら殴れよ、キラ。
それで気が済むなら殴ればいい。
そのかわり……真彩は俺が貰って行く。」


「…は!!?ふざけんな!!」


――コイツ……!!!!




明らかに俺を挑発しているその言動。


『どうせイイコのキラちゃんには、俺を殴るなんて無理だろ??』


その視線は俺を明らかに馬鹿にしている。


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