あの日、あの夜、プールサイドで


だけど…違ったんだな。


それは俺のエゴにしかすぎなくて
真彩はずっと苦しんでいて
真彩が求めた男は俺じゃなくて月原だった。



俺と真彩は赤い糸で繋がれた運命の恋人同士でも何でもなかった。



ただ……それだけのことだ。



彼女の視線と静枝さんの言葉に冷静になった俺。
振り上げた足をアスファルトの上に静かに置いて踵を返すと、フウと小さく深呼吸をして道路の脇に転がった自転車に向かって歩き出す。


「先生…!!」

「大丈夫。
大丈夫だから心配しなくてもいいよ。」

「だ、だけど…っ!!」

「大丈夫。大丈夫だから…心配すんな。」



視線の端にはお互いをいたわり合う月原と真彩の姿が見える。



泣きたいくらいに惨めで
叫びだしたいほど哀しくて
どこまでもピエロな俺。


――神様なんて…やっぱりどこにもいやしない。



月原の車に思いっきりぶつけた自転車を手に取って。辺りに散らばった荷物を拾ってカゴに入れ、何事もなかったように跨ると



「光太郎?!
どこに行くのですか!!」



静枝さんが心配そうに俺に走り寄ってくる。




そんな静枝さんにニッコリとほほ笑むと


「…プール。」

「…え??」

「練習抜けてココきちゃったから…戻らなきゃ。」


そう言って、俺は自転車をSGスイミングスクールに向けて走り出した。





きっと今から向かってもろくな練習なんてできやしないだろう。

大幅な遅刻をコーチは許してくれないだろうし、罵声の飛ぶお説教は目に見えてる。

だけどそれでも泳ぎたかった。

思いっきり泳ぎたかった。

水の中にいたかった。


意識がブッ飛ぶくらい、指先1つ動かせなくなるまで限界まで泳いだら……全てを忘れられる気がしたんだ。



何も持たない、悲しい俺を
水だけはわかってくれる気がしたんだ。


早く行きたかった。
あのキツイ塩素の香りのするプールサイドに
早く早くたどり着きたかった――……


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