あの日、あの夜、プールサイドで


帰りたくない。
まだあの場所には帰りたくない。


「お願いします。
今日だけでいいんです。
今日だけでいいから……気が済むまで泳がせてくれませんか??」


90度に近いほど頭を下げて、コーチに必死に頼み込むと、しばらく押し黙って考え込んだ後


「……なんかワケありっぽいな……。」


コーチは俺の頭にポンと手を置く。そしてハァと小さくため息を吐くと


「しょうがねぇな。
守衛さんには俺から言ってやる。
12時回る前にはちゃんと帰るんだぞ??」


俺の頭をポンポン叩きながらコーチは心配そうに、そう言った。




――助かった…!!



「ありがとうございます!!!」



嬉しくて。本当にうれしくて姿勢を正して大きな声でお礼を言うと



「礼を言うヒマがあるんなら、泳ぎで返してくれ。じゃぁな。」



ニッコリとほほ笑みながら。
後ろ手でバイバイをしながらコーチはプールサイドを後にした。





次々とプールから上がる仲間たちを見送りながら、俺は水の中へと再び戻る。


クロール、平泳ぎ、背泳ぎ……
真剣に頭を使って神経を使いながら泳ぐ泳ぎ方ではなく、軽く流して泳ぐ泳ぎはとても楽で、水の中は陸の上よりもずっと自由で気持ちよかった。


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