あの日、あの夜、プールサイドで
その場所とは……病院。
俺が25歳の頃、親父が職場で倒れた。
救急車で運ばれて診察を受けた後、医師が言った言葉は
「お父さんは末期の膵臓癌です。肺やリンパにも転移が見られ、絶望的な状況です。言いにくいですが、あと半年持つかどうか……。」
だった。
自己破産なんてして、朝も昼も夜も身を粉にして働いていた親父。それを聞いた瞬間、冷たいのかもしれないけれど
『やっぱり…』
そう思った。
休みなんてなく、働いてる親父。
苦労して苦労して、慣れない土木の仕事をしながら下げたくない頭を下げて、俺のために我慢して働き続けてくれた、優しくて逞しい、俺の自慢の父親。
どんなに大変な毎日だったのかは、息子である俺が誰よりもよく知ってる。
朝も夜もない
こんな毎日を続けてて…
体にガタが来ないはずはない。
そう、常々思っていたからこそ……
「そうですか…。」
素直にその言葉が出てきた。
白い壁に包まれた病室で、ピッピッという機会の音が響く小さな部屋で、俺は医師にこう頼んだ。
「辛く苦しい治療は俺の望むところではありません。」
「…え??」
「もう、余命が決まっているのなら。助かる見込みがないのなら、延命治療はいりません。」
「いや、しかし…!」
「いいんです。
苦労ばかりの人生だった人だから、最後くらいは安らかに、人間らしく…幸せに旅立って欲しいんです。」