あの日、あの夜、プールサイドで
そんな気持ちを胸に病院の駐車場に車を止めると、俺は一心不乱にホスピス病棟のナースステーションを目指す。途中…嫌でも目に入る中庭は見ないふりをして。
前だけを見て、ひたすら前だけを見て突き進む病棟。毎日通い続けた病棟はどこか懐かしくて、どこか淋しい。
このまま進んで、あの角を曲って、日当たりのいいあの部屋に行くと
『おお、和也!
今日は早いんだな。』
ベッドの上で穏やかに笑うあの人に会えるんじゃないかと思えて、ひどく切ない。
親父のいた階の中心にあるナースステーションの窓口で
「すいません、月原ですけど…。」
と、顔を覗かせると
「あら!月原さん!
待ってたわよ!!」
ニコニコと明るい笑顔をたたえた婦長さんが、俺に向かってゆっくりと足を進める。
親父のことをいつも気にかけてくれてた、婦長さん。多分年齢は40代後半なのかな??
何の縁もゆかりもなくて、ここで毎日顔を合わせていただけなのに。久しぶりに彼女の顔を見たことで、どこかホッとしている自分に少し驚く。
ゆっくりゆっくり足を進めて、おれの前に立つと
「ここじゃなんだから…。
少し外にでましょうか。」
そう言って。
彼女はおれの手を引いて、トコトコと廊下を歩き始めたのだった。