あの日、あの夜、プールサイドで
ほんの数か月前まで親父が暮らしていた、廊下を二人で歩く。
ホスピス病棟に流れる、穏やかで、優しい時間。残されたわずかな時間を惜しむように、慈しむように過ごす人々。
そんな人々を横目にしながら婦長さんについて行くと
「中庭にでも行きましょうか。」
「…え??」
「ほら。月原さん、よく中庭に行ってたでしょう??お気に入りだったんじゃないの?この病院の。」
悪びれもせずに、ニッコリ笑顔で婦長さんは言い切った。
ーーこの人…なんか知ってるんじゃないのか?
そう思わずにはいられないほど、含みのある笑顔を浮かべる、婦長さん。
今日は日曜日。
そして今はちょうどお昼時。
多分中庭は昼ごはんを食べ終えて、外に飛び出して来た小児病棟の子達でごった返しているはずだ。
そしてそこには当然…真彩もいる。
「いや…今はちょっと…。」
首を振って婦長さんの誘いを断ると
「あら。急にあの場所が嫌いになっちゃったの??」
彼女はクスクスと笑いながら俺の顔を覗き込む。
「いや、そう言うわけじゃないんですけど…。今はマズイっていうか、なんというか…。」
居心地が悪くて頭をポリポリ掻きながら答えると婦長さんはクスリと笑って
「やぁねぇ。
いい年した大人が小娘一人に翻弄されるなんて。」
「え??」
「会っちゃったら会っちゃった時でしょうに。そんなに心配しなくてもね?今日は真彩ちゃんはいませんよ。」
こんな言葉をケラケラ笑いながらつぶやいた。