あの日、あの夜、プールサイドで


ーー卑怯だ…!!


いろんな気持ちを抱えながらも、親父の書いてくれた最後の手紙だけは読みたくて。

目の前に人参をぶら下げられた馬のようにフラフラと婦長さんについて行くと、目の前に見えるのはどこまでも青い芝生に白いベンチ。


通い慣れた、あの中庭だった。



『あ、こんにちは!
月原先生!』



俺を見つけるとニッコリ笑って、柔らかな声をかけてくれた彼女。


甘ったるい、あの声。
柔らかな春の陽射しのようなあの笑顔。


ここに来ればいつもあの場所で日向ぼっこをしていた彼女。でも…今日はどこにも見当たらない。



ーーバカだな、俺も。



いない、って言われてるのに

“もしかしたら会えるかも”

だなんて淡い期待を抱いていた自分に、今更ながらに気づいて恥ずかしくなる。


勝手だな。
離れると決めたのは自分なのに、、な。





大好きだった彼女を思い出してボーっとしてると


「カフェラテでいいのよね?」

「はい??」

「真彩ちゃんが言ってたわ。
月原先生はカフェラテが好きだ、って。」


自販機を指差しながらニマニマ悪い笑顔をたたえた婦長さんが、俺にたずねる。



は、はぁ?!
なんでこの人、知ってるんだよ!


っていうか真彩も真彩だ!
何考えてんだよ!


こんなの羞恥プレイじゃないか!
プライバシーの侵害だ!!



恥ずかしさにプルプルしながら婦長さんの視線に耐えていると



「ふふっ。月原さんって意外とウブで可愛らしいのね。」




そう言って柔らかに微笑むと、婦長さんは自販機に手を当ててカフェラテを二杯購入した。



「はい。カフェラテ。」



カップのカフェラテを渡されて、ブスッとした顔のまま受け取ると


「そのままでぶつかればいいのに。」

「…はい?」

「変なところで大人になるな、ってことよ。」



意味深な言葉をつぶやいて、婦長さんは中庭への扉に手をかけた。






< 270 / 307 >

この作品をシェア

pagetop