あの日、あの夜、プールサイドで
俺はベンチからゆっくり立ち上がると
「ありがたいお言葉ですが、もう決めたことです。」
「月原さん……。」
「どちらを選んでも俺はきっと後悔します。それなら俺は少しでもマシな方を選びたい。少しでも傷つかない方法を選びたいんですよ。」
そう、彼女に言い切る。
サヨナラ、真彩。
安心しろ、キラ。
そう心の中で呟いて、その場を後にしようとした時
「月原さん。少し昔話に付き合ってくれますか??」
「…え??」
「昔、昔のお話ですよ。
昔ね?ある病院に26歳のとても若い看護師がいました。」
俺の背中に向かって、婦長さんはとても静かに語り始めた。
「彼女は幼い頃に両親が離婚し、高校生の頃には一緒に暮らしていた母親に先立たれ…天涯孤独の身の上でした。憧れだった看護師の仕事について何年かした頃に彼女はある入院患者に恋をしました。」
-―え…??
突然のことに驚いて振り返ると
「変でしょう??
しかもあろうことか、恋した彼はたった16歳の少年でした。おかしいでしょう??26歳の自分が16歳の彼に心を奪われるなんて。彼女はとても苦しみとても悩んでいました。」
そう言って柔らかで何かを懐かしむような目をして婦長さんは遠くを見つめる。そして空になった紙コップの中身を見つめると
「彼は骨肉腫を患っていました。とても優秀な水泳選手だったのにね?見つかった時には手遅れで余命は1年あるかないか。彼女が彼に気持ちを伝え、二人が心を通わせ合い、愛を確かめ合ったのは…彼が亡くなるたった1ヶ月前でした。」
そんな衝撃的な一言を口にした。