あの日、あの夜、プールサイドで


寂しそうな瞳をたたえたまま、紙コップを見つめる婦長さん。そんな彼女にかける言葉が見つからなくて、ただ彼女を見つめていると


「もっと早く勇気を出していたなら、もっと彼と一緒にいられたかもしれない。倫理だとか世間体だとか、そんなつまらないモノにとらわれなければ、お互いもっと幸せな時間を過ごせたかもしれない。もっと早く好きだと伝えられたなら……もっと価値ある時間を過ごせたのかもしれない。」


「婦長さん……。」


「私はね?月原さん。
そんな行き場のない後悔をあなたに感じてほしくはない。もちろん……真彩ちゃんにも。あんな後悔をするのは後にも先にも彼女だけであってほしい、そう願っているんです。」



そう言って、彼女は青い青い空を見上げる。




冬の合間に見せる、暖かな日差し。
薄い雲が舞う、青い空を見上げながら




「月原さん。幸せのカタチを歪めてはいけません。どんなに気持ちを装ったって…真実にはかなわない。」




そんな言葉を彼女は呟く。






――これって…婦長さんのことなのかな。






婦長さんの言う”彼女”がどうしても気になって


「あの…。」

「はい。」

「あの…その後彼女はどうなったんですか??」



不躾にそんな質問をぶつけると、彼女はフゥとため息を吐いて



「彼女は彼が亡くなった後、とても暑い日に少年の子供を出産しました。」

「…え!!?」

「赤ちゃんは可愛い男の子だった、とだけ聞いています。」

「聞いている??」

「えぇ。産まれて間もなく、彼のご両親に赤ちゃんを奪われて……それっきりですから。」



そんな悲しい一言を呟いた。



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