あの日、あの夜、プールサイドで
「そう…ですか…。」
婦長さんの話す“彼女”の衝撃的な結末。
かっこ悪いけどさ??俺はその言葉だけを口にするのが精一杯だった。
辛いな。
愛する人に先立たれ、愛する人の残してくれた忘形見すら奪われるなんて。あまりの不幸に言葉が出ない。
何も言うことができず、何もすることさえできなくて、ただ婦長さんの表情を見つめていると
「ま、このお話を聞いてどうするかは自分次第ですね。」
「へっ??」
「自分を偽り、真彩ちゃんの彼を守るもよし。自分に正直に真彩ちゃんを奪うもよし。」
ニッコリ笑って、婦長さんはゆっくりと立ち上がる。
「どちらにしても、後悔しない選択をすればそれでいいです。きっと、お父様も同じ気持ちだと思うから。」
彼女はニッコリ笑って俺の肩をポンポンと叩くと、俺の手の中から空になった紙コップをシュッとかすめ取る。
「時間取らせちゃってごめんなさいね。おばさんの昔話とお説教に付き合ってくれてありがとう。」
そう言って彼女はトコトコと前を向いて歩き始めた。
衝撃的な話と、親父の手紙を俺にプレゼントしてくれた婦長さん。小さくて逞しい、彼女の背中。
逞しいくせにどこか頼りない、その背中に
「あの…聞いてもいいですか?」
俺は思わず問いかける。
ん??という顔をして振り向いた彼女に
「婦長さんは…今、幸せですか?」
そうたずねると婦長さんはクスリと笑って
「心底幸せならこんな話、月原センセにしませんよ。」
こんな言葉を口にする。
「え?」
わけがわからなくて、首をかしげると
「半分幸せだけど、半分は不幸せ。
友達にも仕事にも恵まれてて毎日は充実してるけど、夜が来るたびにこう思うの。『彼が隣にいてくれたら。』『彼の子どもを育てられたら』って。私の人生、後悔ばっかりですよ。」
そう言って彼女はニッコリと微笑んだ。