あの日、あの夜、プールサイドで
「な、何言ってんだよ。
イイコの真彩らしくないぞ??」
真面目で優等生の真彩の口から飛び出した予想外の一言に驚いて、思わず振り向くと
「私らしいって…何??」
「え…??」
「コウちゃんも先生も同じこと言うんだね。私らしくない。私らしい。その価値観ってなんなの?!」
真彩はカバンをギュッと強く握り締めながら
「私、みんなが思ってるようなイイコなんかじゃない!!」
彼女は苦しそうに、胸の内を吐露するように叫び続けた。
「コウちゃんの彼女なのに先生に惹かれてる。コウちゃんの前では“コウちゃんが好き”って言いながら…本当は先生に惹かれてる。」
「真彩…」
「わかってる!酷いオンナだってこと!だけど…しょうがないじゃない!先生が好きなんだもん!!!」
真彩はそう言った後、ドングリみたいなかわいい瞳からポロポロと大粒の涙をこぼす。その涙を右手で拭いながら
「イヤだ…こんな自分がもうイヤだ…。」
彼女はその場に座り込む。玄関で制服のまんましゃがみこんで、グスグスと涙を流す真彩。そんな彼女をただ呆然と見つめていると
「ごめん、先生。困らせてゴメン。でも…もうどうしたらいいのかわからないんだよ。」
「真彩…。」
「わかってる。先生が言う通り、コウちゃんの彼女として彼を支えるのが一番なんだって。それが誰も困らない、傷つかない、最良の方法なんだってこと、よくわかってるんだよ。でも…もうだめ。もうこれ以上自分を偽れない。」
二人の間に流れる緊張。
お互い踏み込みたくても踏み込めなかった部分。なかったことにしようとしていたレッドゾーンに話が向かうことをお互いが自覚していた。
お互い口にしてしまったら、認めてしまったら、もう元には戻れない。一度受け入れてしまったら、引き返せない。
それがわかっているから…お互いに切り出せない。