あの日、あの夜、プールサイドで
大人なのに。いや…ズルい大人ってヤツに成り下がってしまったからなのかな。
このまま真彩を奪うには勇気がなくて。これから彼女が背負うことになるであろう重荷の何もかもを見て見ぬ振りはできなくて、俺は最後の理性を振り絞って彼女にこんな質問を投げかけた。
「ここから一歩進んだら、もう…もう二度とキラのところには帰れないよ??わかって言ってる??」
俺は怖かった。
自分はいい。傷つけられても後ろ指さされても、強く自分らしく生きていける。その自信もあるし、自負もある。
だけど…真彩をその泥沼に引き込む勇気だけが持てなかった。
真彩はたった18歳の女の子。そんな普通の女の子をこんな後ろめたい恋に引きずりこんで、泥沼中の泥沼に引きずり込んで、身も心も極限まで苦しめる。
本当にそんなこと許されるのか??
俺はきっと後悔しない。
真彩が側にいてくれるなら、何があったって構わない。
だけど本当にそれでいいのか…??
真彩は後悔しないのか…??
真彩の気持ちを受け入れる、その勇気だけが最後の最後で、どうしても持てない。
「俺の手を掴んだら…もうどこにも引き返せないってわかって言ってる??」
ずるい俺は…加害者になりたくなかったんだと思う。
秘密の恋。
裏切りの恋。
大切な誰かを傷つける、苦しい恋。
きっと誰にも理解されない恋だから…真彩には共犯者になって欲しい。ずるい俺はどこかでそう思っていたんだと思う。
ずるくて卑怯な俺の言い分。
そんな俺の言葉を聞いたあと真彩は小さくコクンと頷いて
「わかってる。」
短い言葉でそう言った。
「でも…好きなんだもん…!!!何をどう言われたって、どうしたって好きなんだから…仕方ないじゃない!!」
彼女が涙をハラハラあふれさせながら、俺の瞳をまっすぐ見つながら叫んでくれた、その瞬間。俺はその場から駆け出して、うずくまる彼女をギュッと思い切り抱きしめた。
彼女を抱きしめた瞬間、手のひらに握りしめていた車のカギが玄関にこぼれ落ちてガチャンという大きな音が響く。そして…真彩の小さな嗚咽が玄関に微かに響く。
きっとこの後、大変なことになるだろう。とんでもない修羅場が待っているに違いない。
だけど……そんなことより何よりも、ただ愛しかった。
俺の胸の中で俺が好きだと言って泣き叫ぶ、小さな肩を震わせる彼女が愛おしくて、俺は彼女をきつく抱きしめた。
きつくきつく、壊れるくらいに抱きしめたーー……。