あの日、あの夜、プールサイドで
「光太郎は愛に臆病です。
あの強迫観念から抜け出せない限りは、あの子は幸せになれません。荒療治かもしれませんが…わたしはいいきっかけだったと思っています。」
自分の子どもが傷つけられたのに、それをいいきっかけだという園長先生。そんな彼女の言葉におどろいて目をまん丸にしていると
「月原先生。想う人と添い遂げられるのは何よりも幸せなことですよ。光太郎に悪いと思うならば、罪悪感を感じる前にまずはあなた方が幸せにならなくては。」
そう言って園長先生は俺の手の上にそっと手を置く。
細くて皺くちゃの彼女の手のひら。
少し骨ばったその小さな優しい手の体温を感じるとなぜか心の奥がホッとする。
きっと…彼女はとても厳しくて、とても優しい人なんだ。そんな彼女の強さを再確認して
「ハイ…。
キラを傷つけた分、俺は真彩を大切にします。必ず彼女を幸せにしてみせます。」
小さくそう返事をすると
「ありがとう、先生。
でもね?あなたが幸せにしようとしなくても、あなたのその気持ちだけでもう真彩ちゃんは幸せです。」
園長先生は小さく首を横に振る。
「あなたが毎日元気でいてくれて、笑顔でいてくれて、心の底から愛してくれれば…真彩ちゃんはそれだけで幸せなんです。愛はいたわりあうもの。与え合うもの。一方通行ではありません。」
「園長先生…。」
彼女が「ねっ、真彩ちゃん」と同意を求めると真彩も小さくコクンとうなづく。
そんな真彩を満足そうに見つめた後、園長先生はもう一つの手を伸ばして、真彩の手をギュっと握る。
片方は俺
もう片方は真彩
繋がれた腕が三角を描く、不思議なその状態でニッコリと微笑むと
「二人が幸せでありますように。
他の誰が認めてくれなくても、世界中の人があなた達を非難しても、、愛に勝る宝はありません。真彩ちゃんは私の大切な娘です。」
「…!!」
「せんせぇ…!!」
「幸せになるのですよ?真彩ちゃん。
光太郎につけた心の傷の代償は…あなた方が幸せになることです。愛し愛され、幸せにおなりなさい。真彩ちゃん…。」
園長先生がそう柔らかな声で囁いた後
「う、ううーーーっ!!!」
真彩は大声を上げて泣き始めた。