あの日、あの夜、プールサイドで


俺にダイヤモンドを与えてくれた神様に感謝した。


この才能と引き換えに
普通の人がもらえるであろう当たり前の幸せを減らされたんだとしたら…それでもいいと思えた。



俺の人生のスタートダッシュは最悪だったけれど、始まってみたら意外とつらいことばかりでもない。




静枝さんがいる
寧々がいる
真彩もいる
それに…俺には競泳がある。




――捨てたもんじゃないのかもしれない。




俺の人生、意外と捨てたモンじゃないのかもしれない。





やっとやっと
14年かけてやっとその想いに至った、中学二年生の8月





ここから第二のスタートを切ろうと思っていた、中学二年生の8月




1週間後に全国大会を控えた、ある日



「は~~~、今日もこっから泳ぐのか…。」


「頑張れ、コウ兄ちゃん!!」


「お昼になったら寧々ちゃんとお弁当持って学校に行くから。」



朝も早くから眠い目をこすって、俺は半分うんざりしながら愛児園を後にする。





そんな俺の背中に向かって


「兄ちゃん、頑張れ~~!!
寧々、兄ちゃんだーいすき!!」


寧々は大きく叫んだあと、俺に向かってブンブンと大きく手を振る。





あの8月を忘れない。


あのうだるような暑さと

けたたましく鳴くセミの声


そして向日葵のように笑う

誰より愛しいあの笑顔を


俺は決して忘れられない――……



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