家庭*恋*師
「ねーえ、皓、今夜は泊まって行かないの?」

男に甘える術を知っている大人の女性特有の、甘く、そして無防備を装ったような声。

彼女に会ったのは、父親が贔屓にしている議員の選挙資金活動の会食だったか、はたまたチャリティイベントか…それともただの逆ナンだったか。まだ出会って間もない相手だが、すでにおぼろげになっている記憶をぼんやりと辿っていた。

「始業式サボって遊んでたのに、まだ満足しねーの?」
「始業式って、なんか懐かしい響き」
「ピチピチの男子高校生ですから」

ベッドに横たわっている彼女の頭の上にキスを落としてやればもう文句を言わない。出会った場所は覚えられないのに、こういうことは要領よく頭に入ってくれる。唇に伝わるのは、スタイリング剤と香水の混ざった防腐剤をも思わせる香料の匂い。最初は気になったが、このタイプの女性と付き合うようになってからはもう慣れた。

「じゃーな」
「電話してね」

返事はせず、ただ笑みを浮かべるだけの答え。きっと彼女も、これは慣れっこだろう。

帰路につけば、おのずと頭を過るのは出席日数のカウントダウン。始業式は出席を取るのだろうか、このペースでいっても進級できるのか、そんなことを考える。特に気に留めて心配をしているわけではないが、一応親の面子もあるしギリギリで一年を終えたいところだ。

勉強は、別に嫌いではない。その証拠に中学では一応真面目にしていて、今のこの学校だって普通に受験をした。

だが、父親が受験の直前に多額の援助金を出したことや、昔馴染みである友人を理事会に推したことを、入学式の日に知った。

それから、自分は最初から期待などされていないのだと悟った。父親は「保証だ」と言ったが、それは裏を返せば自分で何もしなくても結果はついてくるということ。それで、なにもかもバカバカしく感じるようになった。

なら最低限のことをして、他の生徒に気兼ねなくのんびりと特別寮で一人暮らし気分を味わえる学園生活も悪くない…と思っていたのだが。

部屋の前のネームプレートの異変に気付き、足を止めた。
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