ツラの皮
周囲の目もあるから部長も大っぴらに全力疾走は出来かねるみたいだけど、コッチも細いピンヒールなんか履いてるわけで、掴まるのは時間の問題。
力付くで会場に引き戻されちゃ困るし、掴まる直前、レストルームへ飛び込んだ。
「出て来い。」
冷淡な声は個室の扉一枚向こう側。
…コイツ、ここまで入り込むなんて体裁もないわねっ。
「ふざけんじゃないわよ、バカ部長っ。部長と結婚なんて絶対お断りだって言ってんでしょッ!!」
「まぁ、そう言うな。結婚してみたら案外うまくいくもんだぞ。俺がイイ旦那になるのは保障してやる。」
もはや主旨が違―う!!
ドア越しの応酬は平行線。
お互い黙り込んで、我慢比べが始まるのか、と思った時、ドアの向こうから不意に聞こえた。
「…鈴。」
名前を呼ばれた事にもだけど、その声音にドキンと胸が鳴った。
甘くて優しくて希うみたいに切ない。
ヤメテ…そんな声で私の名前を呼ばないでよ。