スーズ
重たい扉を斉藤はなんなく開けた。
店内はオレンジ色のライトが照らされていて、ピアノジャズが静かに耳に届く。
「いらっしゃい。」
落ち着いた声が由里たちの来店を歓迎してくれる。斉藤と同い年であるケンは、斉藤とはまた違う大人の落ち着きがある。
ゆっくりとした動きでグラスを磨く仕草はどこか官能的だと由里は思った。
「七瀬が曲者を取材するんだ。ストレスが貯まっててね。連れてきた。」
「へー。大変だね、由里ちゃんも。」
この年でちゃん付けされることに恥じらいながら、ケンの言葉に素直に頷いた。
「だからケンが美味しいお酒作ってよ。」
「もちろん、喜んで。ご注文はある?」
「んー…。じゃあ、お任せで。」
「了解。じゃあ由里ちゃんの好きなリキュールで作るよ。」
そう言うと、ケンは後ろの棚から何本かお酒のボトルを手に取った。
ラベルにはドイツ語やフランス語はもちろん、何語かわからないものまである。ケンの趣味で世界のお酒が集まってるのだ。
だから常連客の中にはお酒に詳しい人も多い。珍しいお酒を求めてお店に来るのだ。
「じゃあ俺はとりあえずビールかな。申し訳ないけど。」
「気を使うなよ。好きなものを飲べばいいさ。」
気取った雰囲気がないのも、この店の良いところだ。