君が、あの夏だった。
父はそういって、ポケットから財布を取り出すと、一つのブラックカードを取り出して差し出してきた。
すぐに断ろうと手を上げると、父はズイっとカードを顔に押し付けてきた。
「カードは念のために持っておいてくれ。使わなくてもいい。なにか非常事態がおきたら、たまらないだろう」
そう言われると、俺は仕方なく受け取って財布に収めた。
「チケットは持ったか?鍵は?」
「持ちました」
「そうか。」
父は数秒間、ボーっと俺の手の中の旅行カバンを眺めていたが、やがてはっと顔をあげた。
「では、私は仕事がある。向こうについたら、連絡だけは入れてくれたまえ」
それだけ言って、父は長い階段を下りていった。