Red Hill ~孤独な王女と冒険者~
「姫っ。何をおっしゃいます?
私たちなら大丈夫ですよ」
カチュア姫の涙にジルは慌てて言った。
何も泣かせるようなことをした覚えはない。
だが、その時ジルは何かが胸に引っかかるような気がした。
「姫? 大丈夫ですか?
何か心配事でもおありなんじゃ…」
「いえ。大丈夫です。
ただ、国のことが気になって…」
姫はそう言って視線をジルから外した。
護衛の者が任務を外れてしまうくらいの事情だ。
気にならないわけがないだろう。
姫の不安を表に出す態度もジルには気懸りだった。
姫自身もサダソたちが帰った理由を詳しく知っていて、儀式どころではないのではないか。
不安材料を取り除いてやりたい気持ちになるが、内情を知る立場に自分たちはいない。
「姫、お気持ちお察しします。
ですが、今は…」
「えぇ。分かっています。
私は儀式を終わらせてしまわないと」
カチュア姫はジルの言葉の意味を察したのか、浮かんだ涙を拭うと気丈を振舞ってみせた。
まだ十代とは思えないほどの心の強さを感じる。
そしてカチュア姫は少し口調を変えて「ところで」と切り出した。
「はい?」
「二人とも、私のことは『姫』でなはくて『カチュア』と呼んでくれないかしら?」
口元を緩め、ローグとジルを交互に見遣った。
「えっ? いや。しかし…」
突然の申し出にジルは戸惑った。
一国の姫君を呼び捨てで呼ぶなどできるはずがない。
だが、そんなジルに姫は「いいの!」と語気を強めた。
「他に人と接触することはないでしょうけど、私がイスナの王女であることはなるべく隠しておきたいの。
もちろん敬語もなしよ?
私もそうするから」
困ったようにジルはローグと顔を見合わせたのだが、姫…いや、カチュアの言うことも尤もだと感じ、二人は了解して頷いた。