sai
1.最期の夏
 僕は、この地に降り立った。
 空も、雲も、光も、この足が踏み締める大地も。全てが淡い色彩に彩られているこの場所に、あの小さな家はあった。

 これが、僕が求めていた最期の場所だった。



 自分の寿命を知ってしまったあの日。でも、予感はあった。大量の薬も、自分で打つ注射も、日に日に減っていき、ついには小さな錠剤を、1日に2錠飲むだけになった。

 そして、ある日母さんが告げられている事を聞いた。聞いてしまった、という方が正しいのだろうか。
 もう無駄な治療は止めませんか、と。
 最初から無理だった事を、母さんは何年も医者に頼んでいたらしい。それでも、逆に僕の体や心に負担になるからと、その量は減っていっていたのだ。

 僕には自分の口から告げたかったらしい。
 残りの人生を、思う様に生きて、と。

 今までごめんね、と。

 父さんは昔命の期限を告げられ、苦しみながら自殺した。だから母さんは僕にも同じ道を辿ってほしくなかったのかもしれない。
 しかし、僕の命の期限があと1年となり、母さんの心は揺らいでいた。



 そして、僕は決意した。
 最期を、この地で迎える事を。
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