聴かせて、天辺の青
もう、英司の名前を言わないでほしい。嫌なことを思い出すだけだから。
「どうして、そんなこと聞くの? あなたには関係ないじゃない、自分のことを話さないで、私のことを……」
思いきり吐き出そうと思っていた言葉を飲み込んだ。というより、まさに出そうとした言葉が頭の中から消えてしまってた。
ちょっと待って。
今、彼は何て言った?
『昨日、おばちゃんに聞いた』
って、言わなかった?
「昨日? おばちゃんに聞いたのは昨日なの?」
「ああ、昨日だけど? 俺が覚えてないって言ったこと? 少しだけ思い出したよ、アンタが帰った後、おばさんと話したところだけ思い出した」
さっきまで、うじうじしていた様子など感じさせない声。しれっとした顔で、彼はコーヒーをごくりと音を立てて飲み込んだ。
「そんな、都合いい話を信用できると思う? 本当は全部覚えてるんでしょう? 恥ずかしいから、忘れたふりしてるだけなんでしょう?」
「覚えてないってば……どうして必死になるの? アンタは俺が覚えてた方がいいわけ?」
そんなこと言われたから、また昨日の記憶が蘇ってきた。大したことを話してた訳じゃないけど、弱音を吐いてた彼。抱き締められた時の腕の感触。
ヤバい、顔が熱くなってくる。
見られたくないから、頬杖をついて窓の外へと目を向けた。
「そんなことないけど……お酒で忘れられるって都合良すぎるよ……」
言葉に覇気がなくなってる自分が、ものすごく情けない。