聴かせて、天辺の青
「おかわりは? 足りてる? 遠慮しないで言ってね」
「いいえ、もうお腹いっぱいです。本当に美味しかった、ありがとうございます」
おばちゃんが尋ねると、彼は焦って首を振る。さっき私と言い合った声とは全く違う、丁寧で柔らかな口調で答えて。
何なの、その豹変っぷりは?
「あなた、田舎がこの辺りなの?」
残念そうな顔をしていたおばちゃんは、彼にお茶を注ぎながら問い掛ける。
「いいえ、違います。田舎は、もっと西の方です……」
彼は少し戸惑った顔をしたように見えた。愁いを帯びた目が、両手で包み込んだ湯呑を捉えている。
「そうなの……じゃあ、ここには仕事か何かで来たの?」
「いいえ、特に目的があった訳じゃなくて、ただ……ぶらっと電車に乗って、たまたま降りただけなので……」
「観光でもないの? これからどうするの? どこかに行く予定はあるの?」
「まだ、これからのことは何も決めてないです。昨夜来たばかりで……当分帰るつもりはないので……」
帰るつもりがない?
なんて、やはりただ事じゃない。
さすがのおばちゃんも顔を強張らせて、すぐには言葉を返すことができなくなっていた。
いい大人が家出とは言わないのだろうけど、よほどの事情があるんだ。