聴かせて、天辺の青
◇ 囚われた心
一度だけ、無理を言った。
本当は口に出す前からダメだとわかっていたのに、言わずにはいられなかった。
会社であらぬ噂を立てられ、陰口を叩かれてから既に一ヶ月。会社でのことは、英司に一言も話したことはない。
二、三日に一度の電話でも、何事もないように振舞ってきた。毎夜英司と交わすメールの最後には、『おやすみなさい』の一言で固く蓋をして気持ちを閉じ込めていた。
英司に話してもどうにもならないことはわかっていたし、余計な心配をかけてはいけないと思っていたから。
だけど、もう限界だった。
ある帰り道、家の近くで課長に出会った。早退したはずの課長が家の近くにいたことよりも、課長の切迫した表情に驚いた。
課長は辺りを気にしながら、私の腕を掴んで路地裏に引き摺り込んだ。状況を呑み込めない私の背を、強く壁に押し付けた課長は切迫した表情をさらに強張らせる。
『頼むから、会社を辞めてくれ』
絞り出すように発せられた声は震えていたのに、力強さと重さを伴っていた。