聴かせて、天辺の青

酒屋の二階、部屋のドアの横には桜の木目が綺麗な艶やかな表札。手のひらほどの大きさの丸い形の真ん中に、『25』と彫られてある。
『25』は、2階の5号室だから。


彼は表札を物珍しげに見つめているけど、何も話し出そうとはしない。


私が声を掛けて、ここに連れてくるまでの間、一言も発してない。つんとすました顔で、私と目を合わそうともしない。


気に入らないけど、部屋に入る前にひと通り説明をしておかなければ。


「さっき使ったからわかると思うけど、この廊下の突き当たりがお風呂と洗面とトイレ、冷蔵庫もあるから使ってもらっていいけど、入れるものには名前を書いておいて。メモとペンは冷蔵庫にぶら下がってるから」


廊下の先を指差して振り向くと、彼は有らぬ方向を見ている。私の指差す方向なんて完全無視。


丸いドアノブを握り締めて、鍵の掛かっていないドアを開いた。


六畳の和室には小さな一人用のちゃぶ台と座椅子、テレビとエアコンがあるだけ。


まっすぐに窓へと向かって、レースのカーテンを大袈裟に開け放つ。


窓の向こう側、近所の家の隙間からは大浜湾の穏やかな波が揺らめいている。白瀬大橋を渡る車が、日差しを受けてきらりと光を放つ。