聴かせて、天辺の青

「ううん、聞けなかった。聞く暇もなく帰っちゃったから……、海斗とは何か話したみたいだけど教えてくれなかったし」



彼が早退した後、海斗に何があったのかと尋ねた。



だけど海斗は『彼女らの人違いらしい』と言っただけ。他は『アイツには今日はもう帰った方がいいと言っただけ』と。『辞めるとは言ってない』と言ってくれたのが、唯一の救い。



「大丈夫よ、辞めるなら海斗君や河村さんにちゃんと話すだろうし、出て行くとしても瑞香ちゃんには言うはずだよ。黙って居なくなるようなことはしないんじゃないかな」



おばちゃんの声は穏やかで優しくて。嘘や慰めではなく、本心から言ってくれてるのだと思える。



信じたい、信じたいけど。
彼が、ここに来た目的はない。



夢を追いかけて上京して失敗して、逃げてきた場所がここだった。当てもなく電車に乗って、たまたま降りただけ。



彼がここに来たのは、彼の田舎の景色に近かったからという理由だけ。
それ以外、彼は何にも言ってない。



ここでなくてもよかったんだから。
田舎に似た風景なら、どこで降りてもよかったんだから。


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