聴かせて、天辺の青
「彼、何かあったの?」
ピアノの音が聴こえてきたのを確かめて、紗弓ちゃんが口を開いた。おばちゃんではなく、私の方を向いて。
さすが紗弓ちゃんは鋭い。おばちゃんは体調が悪いと言ったけど、他に何かあると感じたらしい。
「うん、ちょっと店で……」
さっきおばちゃんに話したのと同じことをもう一度、掻い摘んで話した。
紗弓ちゃんにも話しておかなければ。今も小花ちゃんが彼にピアノを教えてもらっているし。
「ふうん、まあ、いろいろあるよね……、彼が思ってるより世間は狭かったから、きっと困惑してるんだよ」
と言って、紗弓ちゃんは小さく息を吐いた。
そう、彼が思っていたよりも世間は狭かったんだ。誰も知らない所へ来たつもりだったのに知っている人がいたんだから。
「そうだと思う。だけど、何て声を掛けたらいいのかわからなくて……」
「今はそっとしておいてあげたら? 無理して探してまで言葉を掛けることはないと思うよ。信じてるんでしょ?」
「うん、信じてる。黙っていなくなったりしないと思ってる」
私の頭のてっぺんに、紗弓ちゃんの手が触れて。ゆっくりと撫で下ろしてくれる。
何度も、繰り返して頷いて。