聴かせて、天辺の青
◇ 遠ざかってく
次の土曜日、いつも通りの時間におばちゃんの家へ。
朝食の準備をしていると、海棠さんが降りてきた。いつもと変わらない寝起きの悪そうな声で、
「おはよう」と、挨拶を溢す。
あんなことがあった後も、海棠さんは変わらず出勤している。何事もなかったような平然とした様子で。
ひとまずは安心したけど、すっきりしない。だからと言って、何にも尋ねるわけにもいかない。
海棠さんは黙ったまま、準備を手伝ってくれる。ずいぶん手際も良いし、手つきも軽やか。
そんな姿を見ていると、まあいいやと思えてしまう。
「今日は和田さんたちと温泉行くんでしょ?」
おばちゃんが問い掛けると、彼はふと顔を上げた。解れた表情には微かに笑みが浮かんでいる。
「はい、おばさんも行くでしょう?」
「私は留守番するから、ゆっくりしておいでよ」
「おばさんも一緒に行きましょう、せっかく誘ってくれてるのに」
「ありがとう、私はいいのよ。実はね……、温泉は苦手なの」
「え? 苦手なんですか?」
裏返りそうな海棠さんの声に、思わず振り向いてしまった。
彼自身も驚いたのか、慌てた顔を伏せて恥ずかしそう。