聴かせて、天辺の青

翌朝、彼女は道の駅に現れた。



朝一のお客さんの波が引いた店内に、突き刺さるように響く冷たいヒールの音。
聴こえた瞬間、ぞわりと背筋が震えた。



嫌な予感を抱えながら恐る恐る振り向くと、きりっとした顔立ちにパンツスーツの女性がいる。柔らかに首に巻いたスカーフから洗練された雰囲気を漂わせて、彼女が店内を見回す。



昨日おばちゃんが話した通り、この町には不似合いなほど綺麗な女性。見惚れているうちに目が合って、ようやく彼女の視線が留まった。



「海棠宏樹さん、居ますか?」



恐れることなく彼女が問い掛ける。
どくんと大きく胸が鳴って、息が詰まりそう。『居ない』と答えてしまいたい、いっそ強く言い切って追い返してしまいたい。



「里緒(りお)……」



呼ばれた彼女の視線が、ゆっくりと逸れていく。



彼女の名を呼んだのは海棠さんだった。表情を強張らせて抱えていた配送箱を足元に下ろす間ずっと、里緒と呼んだ彼女から視線を外そうとしない。



今、私が呼びかけたら振り向いてくれるだろうか。彼女から目を離してくれるだろうか。
心の中で彼の名を呼び続けたけれど、私が声をかけるような隙はもはや見当たらなかった。




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