聴かせて、天辺の青
仕事を終えた帰り道、私たちに会話はなかった。
重苦しい空気を抱えたまま帰ると、海棠さんはぎこちない笑顔で「お疲れさま」と言ったきり。二階の部屋へと向かう彼の背中を見送った私は、おばちゃんを手伝いに。
「今日ね、おばちゃんの話してた人が店に来たよ、里緒っていう名前らしいね」
「ごめんね、今朝またウチに来たのよ。出かけてるって言ったら、彼が帰るまで待たせてもらうなんて言い出すから……」
おばちゃんは苦しげに言った。
おそらく彼女は、海棠さんが働いている場所を聞きだすために『ここで待つ』などと言ったんだろう。そんな強引な言い方をするなんて、ますます彼女の印象は悪くなる。
「やっぱり、あんまりいい人ではなさそうだね。いったい何のつもりなんだろ……」
「あ、瑞香ちゃんに言い忘れてたわね、ちょっと待ってて」
おばちゃんが声を上げたのは私が棘のある言い方をしたから……と思ったけど、そうではなかったらしい。和室の棚の上に置いてある小物入れから何やら小さな紙切れを握って、急いで戻ってくる。