聴かせて、天辺の青
夕食の支度を終えて私が帰るまで、海棠さんは二階から降りてこなかった。
彼なりに悩んでいるに違いない。
だけど、できるなら悩まないでほしかった。
今までのように彼女を追い返して、きっぱりと否定してほしかった。
玄関を出たら、ちょうど和田さんたちが帰ってきたところで鉢合わせに。正直言って、今は会いたくなかったけれど仕方ない。
「おっ、瑞香ちゃん、もう帰るんか?」
「お帰りなさい、たまには早めに帰らないと、そろそろ親に忘れられそうだしね」
「何言ってんねん、明日も仕事か? 次はいつ休みなんや?」
「明日も仕事だよ、休みは明後日。どこか連れて行ってくれるの? 和田さんは仕事でしょう?」
「そうやなあ……、もう出かけられへんかもなあ、そろそろ定検終わるしな」
和田さんが僅かに目を細める。
そういえば、もう春の定検も終わる時期。和田さん達も作業を終えて、地元へと帰っていく。わかりきったスケジュールに慣れているとはいえ別れは寂しい。
「帰っちゃうんだね……」
ぽろっと溢れた言葉とともに脳裏に浮かんだのは海棠さん。
本当に帰ってしまうかもしれない。
帰ってしまったら、どうしよう。