聴かせて、天辺の青
私は海棠さんを送り出すことを決めた。
どんなに悩んだとしても、行きつく答えは同じだったと思う。ここに居たとしても海棠さんが悩み続けるだけ、そんな彼を見ているのは嫌だから。
それに、きっと彼は帰ってきてくれると信じてる。
今生の別れではないのだ。
一週間後、海棠さんが東京へと戻る朝。
いつも通りおばちゃんの宿で朝食の支度を手伝って和田さんたちを見送った後、海棠さんとおばちゃんと一緒に朝食を頂いてから二階の部屋の掃除へと向かう。
もちろん海棠さんも一緒に、いつもと同じ手順で手際よく掃除に取り掛かる。唯一いつもと違うところといえば、とくに会話がなく黙々と手を動かしているところ。決して険悪な雰囲気などではないけれど、いつものようにたわいない会話さえ出てこない。
道の駅の仕事へと出かける私を見送ってくれるおばちゃんの表情は、少しだけ寂しそうに思えるけれど気にしない。自転車の鍵を握り締めて、ひょいと手を挙げた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
おばちゃんの声を背に自転車に跨る。
隣りに海棠さんはいない。
仕事を終えて帰ってきたら、もう海棠さんはここではなく東京に居るのだろう。
ふらつきそうな思いを支えて、自転車を漕ぎだした。