聴かせて、天辺の青
潮の香りを含んだ風が駆け抜けて、前髪を一気にかき上げる。視界の端にちらちらと瞬いているのは、海原に広がる波の先に映りこんだ陽射し。
今日はいつもより風あたりが強いような気がする、と思いつつ振り向いたら猛スピードで自転車が迫ってくる。
予想だにしなかった光景に、私の足は止まった。
「瑞香!」
あっという間に追いついた自転車から、海棠さんが飛び降りてくる。ひらりと広げた彼の腕の中に収まるのと同時に、自転車が地面に倒れた音がした。
やっぱり手放したくない。
彼の感触と温もりと鼓動を感じながら、ずっとこのままでいたいと強く願っていた。手を離してしまうと、もう絶対に戻って来ないような気がして。
突然連続して鳴り響いた車のクラクションが、私たちを現実に引き戻す。通り過ぎていく車の運転手と助手席に座った若い男性が、私たちを冷やかすような目で見て笑っている。
ずいぶん長い間、歩道の真ん中で抱き合っていたことに気づかされた途端に温もりをはぎ取られて一気に冷えていく。
それでも海棠さんの温もりに包まれただけで、私は十分満足できた。