聴かせて、天辺の青
ふわっと柔らかな風が通り抜けて、海棠さんが振り向いた。過ぎていった風を追いかけたように見えた視線は途中で止まって、私へと注がれる。
「そうだ、大事なこと言い忘れてた」
「大事なこと?」
「海、泳ぎに行こうな」
海棠さんの口から発せられたのは思いがけない言葉。
そういえば以前、約束してたんだ。白瀬大橋を渡った先にある海水浴場へ、一緒に泳ぎに行こうって。
「あれ? もしかして忘れてた?」
「ううん、ちゃんと覚えてる。もちろん行くよ。水着買いに行くのも付き合ってよね」
「わかってる、よかったら俺が選んでやろうか?」
「ほんと? じゃあ海棠さんのは私が選ばせてもらおうかなあ?」
懸命に笑顔で返してみせるけど、本当に上手に笑えているのか自信はない。
それなのに海棠さんは何事もないような自然な笑顔を見せてくれる。悔しくて切なくて、まともに目を合わせていられなくなるじゃない。
目を逸らそうとしたら海棠さんの手が頬を包み込んだ。くいっと顎を持ち上げられて、真正面に彼の顔。
「約束だから……、俺の気持ちはここに置いていく」
「行ってらっしゃい、気をつけて」
言い終えるのと同時に彼の唇が重なる。
『待ってるから』
目を閉じて、声に出せなかった言葉を心で呟いた。