聴かせて、天辺の青

部屋に残ってる海棠さんの匂いを消してしまわないように、彼のいた景色を思い出しながら匂いを辿る。



部屋の窓から注ぐ光に誘われて窓際に立つと、突き刺さりそうなほどの光が目に飛び込んだ。
ようやく慣れてきた目に映ったのは海。海原いっぱいに陽射しを浴びて、空よりも眩しく感じられるほど。



こうして眺めていると、隣りに海棠さんが居るような気分になってくる。
彼と同じ景色を見て、同じ空気を吸って、同じことを考えて。



彼の声が聴きたい。



私は海へと向かっていた。



綺麗に漁船と渡し船が並んだ小さな港に沿って、ゆっくりと自転車を走らせる。
一日の仕事を終えた漁船の上を、海鳥が転々と飛びまわっている。空から漁船へと滑空してきた鳥を目で追いかけながら、湾に突き出した防波堤へ。



防波堤へと近づいていくにつれて、胸のざわめきは大きくなり鼓動が速くなっていく。



自転車を停めて防波堤の先端で腰を下ろした。
日が暮れていく空と海の端が次第に黒を帯び始めている。



ポケットから携帯電話と名刺を取り出して、膝の上に載せてから大きく深呼吸。まだ胸のざわめきは少しも落ち着きそうにない。
左手に携帯電話、右手に名刺を握り締めて空を仰いで目を閉じた。




< 409 / 437 >

この作品をシェア

pagetop